多趣味おばちゃん 小学校教員のメモ

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道徳科の内容22項目を読み直してみる 9

9 礼儀

〔第1学年及び第2学年〕 気持ちのよい挨拶,言葉遣い,動作などに心掛けて,明るく接すること。

〔第3学年及び第4学年〕 礼儀の大切さを知り,誰に対しても真心をもって接すること。

〔第5学年及び第6学年〕 時と場をわきまえて,礼儀正しく真心をもって接すること。

(中学校) [礼儀] 礼儀の意義を理解し,時と場に応じた適切な言動をとること。

 

 

 

・〔第1学年及び第2学年〕 で「気持ちのよい挨拶,言葉遣い,動作などに心掛けて」というのは、礼儀正しいとされる代表格だからうなずけるとして、

後半の「明るく接すること」というのは、意外だ。「明るく接する」のは礼儀正しいことなのか。…改めて考えてみるとそうかもしれない。明るくないとそれだけで人に不快感を与えることがある。しかし、明るければいいというものでもない気がする。

 

礼儀の大切さを知り」礼儀の意義を理解し」について。礼儀はなぜ大切なのか、私は説明できるだろうか。私自身がよく理解しているだろうか。

指導要領解説には、

礼儀は,相手の人格を尊重し,相手に対して敬愛する気持ちを具体的に示すことであり,心と形が一体となって表れてこそ,そのよさが認められる。(中略)自分も相手も気持ちよく過ごせるようになる。 」「(中略)人間関係を豊かにして社会生活を円滑に営めるようにするために創り出された文化の一つ」「社会生活を営む上で欠くことのできないもの」

とある。

礼儀とは、相手の人格を尊重する心を形で示すことであり、それは「相互理解、寛容」と同じく、人々が分かり合い平和に暮らすためことにつながるから大切なのだ…私が自分の言葉で言うとそうなる。

アメリカ等は日本よりも上下関係を気にせずフランクだと聞く。しかし、頼み事をする時や尋ねる時、お礼を言う時や謝罪する時など、敬語のようなものもあるし、日本と同じ礼儀作法ではないとしても真心をこめて相手を尊重して接することは、国を越えて大切なことだと思う。「礼儀」とは「相互理解、寛容」「親切、思いやり」「感謝」と大きく関わるものだ。

 

 

・「誰に対しても真心をもって接すること」とある。真心をもって接することが、つまり「礼儀」の正体なのだ。礼儀とは、真心。誠意。

しかし、それが誰に対してもできるだろうか。いつでもできるだろうか。私はできていない気がする。敬愛している人、好きな人、初めて会う、しかも今後関わりがある人にはしていると思うが、

嫌いな人、家族、もう今後関わらないであろう人に対してや、精神的余裕がない時には「礼儀はどうでもいい」と思っている自分がいる。

難しいこと、しかし、尊いことだと思う。どのようにすれば可能か。…自分はこうありたい、という思いを強くもつことか。例えば、「どんな相手にでも真心をもって接する。そのことで、よい社会の循環を築く存在に率先してなりたい」「親しき中にも礼儀あり」という思い、信念をもつこと。

 

・そこまで礼儀正しくしなくても…と思うことはないだろうか。「相手も大切だけど、もっと自分を大切にね」と思うこと、人。思い当たる。恐縮してしまうこともある。礼儀も加減が必要ということか。難しいなあ。

・よくよく考えてみると、あいさつも当たり前のように思えて、実は難しいこと。「おはようございます」1つとっても、状況によってはしない方がいい場合もあるし、仕方を調節した方がいい場合もある。(相手が泣いている時や話し込んでいる時、病院、知らない人がたくさん集まるアミューズメントパーク、知っている人がたくさん集まる運動会…)それを子どもたちは日常の中で自然に覚えていくのか。考えてみると、すごいことだ。

 

少林寺拳法をしていた私は、目を合わせて「合掌礼」し、互いに感謝し敬意を払うことのよさを実感してきた。武道に関わらず、スポーツ等を通じて、あいさつを始めとする礼儀のよさ、必要性を実感する子は多いのではないだろうか。

 

・あいさつや返事などは割と日頃から生活の中で指導する事柄だ。それを改めて授業で考える。どんな教材で、どこまで深められるか。表面的にならない工夫が必要。哲学対話をしてみるのはどうだろう。